子どもがお金を盗む理由

山口の一の坂川沿いを歩く風景

あれは1995年、かすみが7歳のおはなし。


1995年といえば、1月に阪神・淡路大震災が発生。


テレビでは、オウム真理教が世間を騒がせていた。



アムラーという安室ちゃんのファッションを取り入れる若者で溢れ、

「ミニスカート、厚底ブーツ、ロングヘア、極細眉毛」の女性が多かったという。



わたしは生まれてこの方、そんな格好をしたことがない。




話は戻って、世の中の情勢など全く知らない小学1年生のかすみは、緑豊かな山口県で暮らしていた。


はじめての夏休み。


ほぼ毎日のように、アパートの隣の部屋に住む、ひとつ年上のくみちゃんと遊んでいた。




父ユウジが転勤族だったため、何度も引っ越しを経験し、年長の途中で入った保育園では友だちがあまりできなかった。


友だちと思っていても、なんだかしっくりこない。


小学校で友だちができても、家も遠く、遊ぶ気にもならない。


当時は携帯電話なんてないし、友達の家の電話番号すら知るはずもない。




そのようなこともあって、当時のかすみは家に引きこもり、NHKの教育番組を見て過ごすか、くみちゃんと遊んでいた。




ある日。



いつものようにくみちゃんの家に遊びにいくと、ある紙を見せられた。

「かすみちゃん、みて!お小遣いもらったんだよ。



・・・オコヅカイ。



はなしを聞けば、これでたくさんのお菓子や鉛筆が買えるという。



「すごいね!!こんな紙でなんでも買えちゃうんだね!!!」



そう、私は紙幣をあまり詳しく知らなかった。



数字も分からなかった。


買い物について行っても、お札を見たことはあるものの興味がなかった。


そんなことより、お菓子のオマケのネックレスが早く見たかった。






・・・。


今まで興味もなかったあの紙切れが、くみちゃんが持っていると何かとんでもない価値のあるように見える。


誰かが持っているものが急に欲しくなる、羨ましくなる、それと一緒だ。



「かすみちゃんもお小遣いもらいなよ!」




この一言がきっかけで、かすみは事件を起こす。






家に帰ると、早速母にオコヅカイが欲しいと頼んだ。



母は、お金の価値も分かっていない娘にお小遣いを渡すのが不安だったのだろう。


「かっちゃんにはまだ早いよ。」と断られた。





当時は私も小学1年生。お姉さんになった気でいた。



私はもう子どもじゃない。お姉さんなのに、どうして母はお金をくれないのだろう。



くみちゃんは一つしか年齢が変わらないのに、なぜ彼女ならいいのか。



『・・・しょうがない。あんな紙1枚取ったってバレないだろう。』



かすみは夜中、家族が寝ている間に布団から抜け出し、母の財布から紙を1枚抜いた。



なんだか、くみちゃんが持っているのと柄が違うけど、これでいいか。




こっそり自分の部屋の勉強机に隠した。




次の日。


さっそく、くみちゃんの家に遊びに行った。



「くみちゃんみてみて!!!!オコヅカイだよ!」


「かすみちゃんよかったね!!」



「おかいもの行こう!!!!」






カラッとした暑い日。


細い路地を歩き、クリーニング屋のおばあちゃんに手を振り、のら猫を追いかける。



タバコ屋のおばあちゃんのお店で右に曲がり、夏になるとホタルが飛びかう一の坂川を左手に見ながら商店街を目指した。





まっすぐ歩くと、突き当たりに文房具屋さんがあった。


「ここで何か買おうか!!!」

かすみは言った。




魔法の紙を手に入れた。

これさえあれば、なんでも買える。

お金持ちだ。

私は貴族。

くみこ、好きなだけ好きなものを買いたまえ。





「わーい!!なに買おうかな!」


くみちゃんは大喜びでノートや鉛筆を選ぶ。



ユウジや母もいない状況で、自分ひとりでモノを買うという行為が初めてなのでワクワクした。

私、お姉さんだ・・・。

感動した。

かすみは、えんぴつのキャップに小さい果物の消しゴムが入っているものとネリケシを選んだ。




『よし、くみちゃんも欲しいものが決まったな。お金を払おう。』




しかし、ここで大きな難関が待っていた。


お店のおばちゃんが怪しんだのだ。

怪しいことは小さい娘ふたりが買い物にきたことではない。




私が出した1万円札に怪しんだのだ。



「お嬢ちゃん、このお金はどうしたの???」


どぎまぎした。


こんな田舎で、みすぼらしい格好の子どもが1万円を持っているはずがないと勘づかれたのだろう。



「お母さんにもらいました・・・。」

「そう・・・。」


これ以上深くは詮索してこなかった。

「これ、お釣りね。」

大量の紙と小銭がジャラジャラ戻ってきた。



お金が増えた!!!!



「これならなんでも買えるね!!」

バカな娘たちは喜んだ。




その後、駄菓子屋さんでお菓子を買い、当時ファッションリーダーだった安室ちゃんが大好きだったくみちゃんは、彼女がプリントされた下敷きやノートなどを買っていた。


かすみは安室ちゃんを知らなかったが、とりあえず人気者と聞かされたため、安室ちゃんがプリントされた消しゴムだけ買って終わった。





「楽しかったね!」

「またお買いものしようね!」



この日はふたりとも満足して家に帰った。






次の日。



家のベルが鳴った。

母がドアを開けると、くみちゃんのお母さんが昨日お買いもので買った雑貨たちを持っている。

その後ろには泣いているくみちゃん。




血の気が引いた。




実は、くみちゃんにはお姉ちゃんがいた。

そのお姉ちゃんとくみちゃんは子供部屋が一緒だった。

今までくみちゃんが持ってなかったものが増えている。と姉が母に密告したのだ。



「すみません・・・。

うちの子がおうちのお金を勝手に使って、こんな買い物をしていたようで・・・。

お金もお返ししますね。すみません。」



平謝りだ。

くみちゃんも泣きながら「ごめんなさい。」と謝っている。



「え???かっちゃんどういうこと?!」

母は困惑した。


私はこのドアが閉まった後、大激怒される自分の姿に怯えながら、昨日のお釣りを部屋に取りに行った。



「これ・・・。あーちゃん(母)のお財布からとってつかった。」

「・・・。」


確認した母は、くみちゃんのお母さんと話をするためにドアの外に出た。





『どれぐらい怒られるんだろう・・・・』

そんなことばかり考えて上の空でいると、真顔の母が戻ってきた。




「あんたが買ったやつなにか見せなさい。」



私の買ったえんぴつのキャップやネリケシ、

駄菓子と安室ちゃんの消しゴムなど数百円程度の雑貨を見て、母は静かに言った。




「かっちゃん、他にお札は入ってなかった?」

「これだけだったよ。」

「分かった。」




話は終わった。

お咎め無しだった。

母のその時の心境は分からないが、ただただ呆れたのだろう。



それから私が、母からお小遣いというものをもらうことはなかった。



子どもが親からお金を盗むとき、それはとっても小さな単純な話かもしれない。



おわり。




追記)後日、母にこの話の確認をした。

くみちゃんが謝りに来て、事実を知って怒った母は、新聞紙を山折り谷折りしてハリセンを作り、私の頭をどついたそうだ。


私はその衝撃によって記憶が飛んだらしい。


みんな、お金、取っちゃダメだよ。

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