私は悪魔の実を食べたことがあると思う。
私だけではない。
母も弟も食べたはずだ。
悪魔の実とは、週刊少年ジャンプで1997年から連載されている「ワンピース」という漫画に出てくるフルーツ。
船長のモンキー・D・ルフィさんは、このフルーツを食べたことにより、ゴムのようにびよんびよんと伸びる体になってしまったという。
その伸びる体のおかげか、ルフィさんの食事の量は目を見張るものがある。
しかし、船にある食料やお店の食材を食べ尽くす可能性が高く、実際に家に来られると厄介な人物でもある。
たまに彼をテレビで見かけると、走っているか殴り合いのケンカをしていることも多い。
風船のように膨らんでみたり、何かシューシューと湯気を出して熱を帯び、疲れると体が子どもぐらいの大きさになっていた。
このような日常のストレスからか、いつの日か恐ろしい人相になっていた。
こんな仁義なき戦いに出てくるような人たちと喧嘩ばかりしていれば、いくら好青年だったルフィさんだって人相も変わるのだろう。
人生を狂わすような悪魔の実。
さらに問題がひとつあり、
その果実を一口かじれば海に嫌われるという。
海の悪魔の化身、悪魔の実を口にしたものは、その瞬間から海に嫌われてしまう。能力者は例外なく、海に入ると力が抜けてしまい、身動きすらとれなくなってしまうのだ。しかも海だけでなく、川や湖、さらには風呂まで、「水のたまっている場所」なら同じような症状が出てしまう
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海に嫌われるというよりは、水に嫌われるというべきか。
なんとも恐ろしいくだものである。
話は戻るが、私たち親子も悪魔の実の能力者のように水に弱かった。
身動きが取れなくなってしまう。
山口県出身の私たち。
もしかしたら悪魔の実が朝鮮半島から流れ着いたのかもしれない。
ここからは実際に私が体験した、水での出来事を3つご紹介する。
同じようなことを経験した方は、私たちのように悪魔の実を食べたことがあるのかもしれない。
目次
波
小学生の頃。
当時、山口県民だったありもり家は、九州の宮崎に来ていた。
友人家族も一緒だったことは覚えているが、なぜ宮崎まで行ったのかは分からない。
何か理由があって宮崎まで行ったのだろう。
桃鉄で見ていても山口市から宮崎は少し距離がある。
(ぶっとびカードを使うほどの距離ではないのだが。)
マンゴー狩りではないのは確実だ。
その時の記憶はほとんど残っていない。
覚えているのは、かつてシーガイア内にあったオーシャンドームでの出来事だ。
1993年に開業された「オーシャンドーム」はフェニックス・シーガイア・リゾートの敷地内にある「世界最大の室内ウォーターパーク」と呼ばれギネスに登録されている。
特徴は、屋根が開閉し日の光が入ること。
そして、プール造波装置によって海のような波が生成され、サーフィンができるほど大きな波に感動した記憶がある。
残念ながら赤字経営だったため、オーシャンドームは2007年に閉鎖となった。
宮崎に旅立つ前、母とかすみはオーシャンドームでの水遊びのために、水着を新調した。
かすみはワンピースタイプ。
母はパレオを腰に巻いたものだ。
ひとつ注意しておきたいのが、これはおしゃれのためじゃない。
肌の露出を防ぐ。
つまり、尻を隠したいのだ。
そして、そのオーシャンドームで我ら親子は悲劇を迎えることとなる。
サーフィンができるほどの大きな波。
近くでまじまじと見たことのなかった私にとって、オーシャンドームでの水遊びは新鮮で楽しかった。
波が来ては引いていく。
波が発生するプールは、海のような感覚だった。

休憩時間のアナウンスが聞こえると、プールサイドで休憩する。
大きな波がザバァと発生し始めた。
ロングの頃のキムタクヘア(一歩間違えば武田鉄矢の髪型)をしたサーファーが気もち良さそうに波にのる。
その姿を眺めながら、友人家族と母とわたしは、おだやかなひとときを過ごす。
夏空と雲のイラスト、ヤシの木がたくさん生えていて南国感があり、外国のリゾート地のようだった。
ああ、ここはハワイだ。宮崎のハワイだ。
プールに戻っていいというアナウンスが聞こえると、また水の中に戻って「きゃっきゃ」とはしゃぐ。
・・・。
あれ。
ふと気づくと母が消えた。
さっきまで近くにいたのに。
気づけば母が波に引きずり込まれていた。
とても静かに。
無言で行ってしまった。
「いった。」
それだけ思った。
私は海では沖に流されるともう戻ってこれないと思っていた。
しかし母は戻ってきた。
とても早く。

そして、浅瀬に打ち上げられた。
私の頭のなかで、打ち上げられたトドという言葉がよぎった。
水着のパレオは「キャッツ・アイ」の腰に巻いているリボンのようになり、お尻を隠しきれていない。

周囲の人たちは母が波と一緒に突っ込んできたうえ浅瀬に打ち上げられたものだから、衝撃を隠せない。
友人家族が「大丈夫?」と聞いている。
それを遠くで見ていたかすみ。
笑っていた。
お尻が丸出しでおかしかった。
パレオの意味がない。
「あー、面白い。」そんなことを思っていた時だ。
ふくらはぎに何かが当たった。
誰かの足だろうか。わからない。
するとそのまま足を滑らせて、プールの深い方へ吸い込まれていく。
人の足にぶつかりながらどんどん吸い込まれる。
時が止まった。力が入らず抵抗できない。
アニメなどでよく見る水の中の感じだった。
死を感じる時はそんな状態なのだろうか。

すると、急に体の回転がはじまった。
くるくるくるくると。
そして気づけば浅瀬に打ち上げられていた。
私の水着のスカートはめくり上がり、お尻が丸出しだった。

何かあった時にどうせお尻が隠せないのなら、ワンピースタイプやパレオは意味をなさない。
水着はあらかじめフィットネスタイプなら恥ずかしくないだろう。
川
その日は、どこか知らない川にありもり家は出没した。
父ユウジ、母、かすみ、弟の4人での外出。
当時20年前の弟はアイドル級に可愛かった。
しかし今となってはミノキ兄弟に憧れ、髪を刈り上げてしまったごりごりのゴリラだ。
おそらく大阪のどこかでウホウホの実でも食べたのだろう。
悪魔の実を食べ、そんな成長をするとは知らないユウジはとても弟を可愛がった。
ユウジだけでなく母も私も愛おしく思っていた。
天使のような弟を、大事に抱きながら川に入ろうとするユウジ。
思い出したように
「おい、お前ら(弟を)撮れ。」と、デジタルカメラとビデオカメラをこちらに渡したあと、川の中をズンズン進んでいった。

当時、デジタルカメラ(デジカメ)は高かったらしい。7万したという。
「かっちゃん(ビデオカメラ撮影とデジカメ撮影)どっちにする?」
母が聞いてきた。
ユウジは弟を連れてあっという間に遠くに行ってしまった。
あの時持っていたデジカメは、ズームの性能がそこまで良くなかった。
天使の顔を撮影するには、自分が川の中を進み、被写体に近寄らないといけない。
しかし、目の前には川が流れている。
川の底はぬめりがあるので怖い。
「かすみはこっちにする。」と、ビデオカメラを選び、川には入らず撮影を始めた。
「ん。」と母も返事をし、弟を取るためにデジカメの画面を見ながら川に足を入れた。
一歩ずつ進む。
また一歩。
何歩か進むとやはり母はスベッてしまった。
あの時のことは忘れない。
私はそのままビデオカメラも、心のカメラも回し続けていた。
母が浅い川で足を滑らせ、そのまま沈んで起き上ってこないところ。
デジカメを水に浸けないように必死に腕をあげているところ。
ユウジが非常事態に気付き、
「デジカメは!?デジカメはッ!??デジカメは大丈夫か??」と叫びながら近寄ってきたこと。

デジカメを私が受け取り、母は川辺に上がった。
かばんごと沈んだので、お金やPHS(携帯電話の一種)はビチャビチャで、母は朦朧(もうろう)としていた。
すると、カモが1羽現れた。

チラチラ母を見ては、すーーと川を泳いで戻ってくる。
まるで「私の泳ぎをよく見ろ」と言っているようだった。
我ら親子はそれを何度も見ていた。
彼は私たちの師匠である。

高校のプール授業
私には疑問がある。
日本の教育は高校生になってまで泳げない人間を、なぜ無理矢理泳げるようにしようとするのだろう。
ひとつのレーンを水中ウォーキング用に変えたっていいじゃないか。
声を大きく言う。
頑張ったって泳げないものは泳げない!!!
プールの時間。
高校生ともなれば、様々なバリエーションで泳げるようになるらしい。
クロールはもちろん、平泳ぎ、背泳ぎ、バタフライまでしている人もいる。
同じ高校生の私はクロールすらできなかった。
悪魔の実がそうさせるようだ。
ビート板を持ちながら息継ぎをしながらバタ足で進む練習。
ビート板を持ちながら水をかく練習。
ビート板を持ちながら平泳ぎの足の練習。
ビート板、ビート板、ビート板。
こんな練習で、他の泳げない同士達は上達していたのだろうか。
だいたいビート板の抵抗で前になかなか進まない。
どれだけバタバタしても前に進まない。
体力だけ削られる。
体育の先生が、地上から理屈っぽい指導をするのだがよく分からない。
意味がわからない。もうほっといてくれ。
こっちは水に入っている時点で必死なのだ。
「もう水辺には一切近づきませんので泳げなくて結構です。」と何度も言いそうになる。
本当に水泳の時間は面白くない。
というか運動できない芸人には体育すら面白くない。
いくら指導しても上達しない生徒に腹を立てたのか、はたまたドSなのかは定かではないが、泳ぐことのできない我らを見せ物にする時間がやってきた。
プールサイド(地上)でビート板を敷き、その上で平泳ぎの練習をしろという。
意味不明である。理解し難い。
もう、まな板の上の魚だ。いやカエルだ。
学校中のお笑いものだ。
先生に『プール泳げない芸人』に仕立て上げられた。
私の通学していた高校は共学だった。
3:1で男子が少なかったが、それでもプールの時間は同じである。
もういい年齢なので、馬鹿みたいに笑われることはないがそのチラチラ見られる視線すら痛い。
なぜスクール水着の姿でそんなことをしなければならないのだ。
もう体操服でいいじゃないか。
モデル体型でもないし美少女戦士でもない。誰もこんな姿を求めておらぬ。
やる気を出さない学生の動きは、体育の先生には少し笑いが足りなかったようだった。
平泳ぎの練習をしているカエルの足を、その他のプール泳げない芸人が持ってやれ。というのだ。
二人一組でネタをするように指導される。
ここはNSC(吉本総合芸能学院)ですか。

晒し者にされ、自己肯定感がズタズタだ。
もし現在、私のきらいな人間が目の前にいたら、絶対にさせたいこと3位に入賞する。
この意味のない行動をさせている学校がまだあるのなら、すぐにやめてほしい。
何も身につかない。
キラキラと光る水面と水しぶき、スラッとした女子たちが、太ったウシガエルの死体のような私の頭上を歩く。
ジリジリとした日差しに焼かれ、干物の気持ちに同情する。
メンズも遠くからこちらを見て微笑む。
・・・つらい。
悶々としているときにハッと気づいた。
私は、毛の処理を怠っていた。
すね毛わき毛はもちろんのこと、陰毛ははみ出ていないだろうか。
もう、当時のことは思い出せない。
記憶というものは美しいものが良い。
落ちている果実は食べちゃいけない
道を歩けば、柿やミカンがなっている木が見られる。
磯野カツオというものが、よく他人様の家の木を長い棒で突き、窃盗を試みる映像をテレビでたまに見かけるが、あれを真似してはいけない。
当然、その辺に落ちているものも食べてはいけない。
野生の花の蜜も吸ってはいけない。
もしかしたら、その中に悪魔の実が混ざっているかもしれないのだから。
